このコラムは毎月10日マックスホームで発行しているコラムの
一部を抜粋したものです。
気宇壮大
2017/03  vol.185
 幽玄な夜の明かりに照らされる桜の雅。厳しい冬を越え、心待ちにしていた春の訪れももうすぐそこまで近づいています。
 3月11日、この日が近付くにつれ東日本大震災関連の報道や追悼行事も多くなりました。そして、毎年この時期を迎えると春を思わせる日差しと時折吹く冷たい風が交わる空気感にあの日の記憶が断片的に思い出されます。一日も早い復興が待たれる中、昨今世間を騒がせている異例さ際立つ大阪の国有地取引問題や豊洲市場をめぐる一連の騒動など、国民の血税が一部の役人や政治家の判断で無駄にされているとしたなら、単なるゴシップネタとして済まされるものではありません。そして、これが氷山の一角だったとしたらこれほど怒りを覚えることはありません。
 さて、震災から6年がたち未だに避難生活を送られている方々も沢山いらっしゃるということですが、仙台市中心部や地下鉄沿線の一部では区画整理等により新たな街並みが形成され、その賑わいは震災前をはるかに上回るものです。そして、被害の大きかった沿岸地域においても商店街の新規オープンなど皆さんがそれぞれの希望を胸に着実に未来への一歩を踏み出しております。
 一生懸命復興に向け頑張っている方々がいる中、残念なニュースもありました。宮城県の発表によれば、応急仮設住宅のうち民間の賃貸住宅を県が借り上げるみなし仮設住宅制度を悪用し、不正に占拠していたとの事例が150件以上に上ったと報告されています。本来ならば自宅や復興住宅が整備された時点で明け渡さなければならないにも拘わらず、未だにセカンドハウスや事務所、倉庫等に使用していたというから驚きです。県公表のデータによれば、今年1月末時点における県内の応急仮設住宅(民間借上げとプレハブの合計)の入居状況は世帯にして10,048戸、入居者数にして22,194人いらっしゃるそうです。経済状況や家庭の事情により自立困難な世帯がほとんどであると信じたいですが、前出のような不正もまだあるはずです。残念なことは、一部の人間の不正によって他の利用者も同様の疑いの目で見られることです。
 お隣の福島県は、原発事故の影響もあり状況は異なります。避難先での子供に対するいじめなどは偏見の最たる例であり、放射能がどうこうという以前に心無い大人たちの偏見が子供たちに少なからず影響を及ぼしているような気がしてなりません。そんな中、帰還困難区域や避難指示の解除により住人が戻り始めている自治体もあります。常磐道から見る景色は、仮置き場と工事現場、その中に新しいアパートが立ち並ぶ異様とも言える光景です。制度により供給されたと思われる多くのアパートは復興に携わる職人で満室稼働です。この状況がまだまだ続くと言われているわけですから事故の惨劇を窺い知るに難しくありません。しかし、帰還が解除された地域でも帰還に慎重な方も多いようで、今後も住人が戻るかは不透明です。故郷を思う気持ちと、就職や安全な暮らしを求める現実との狭間で揺れ動く住人の気持ちは複雑なことでしょう。特に原発立地の自治体では、これまで原発関連の仕事で経済が成り立っていたことは言うまでもありません。それが機能しなくなった今となっては、廃炉作業や復興事業に携わる関係者で辛うじて町が機能していると言っても過言ではありません。住人が戻らなければ行政のサービスも立ち行かなくなるのは当然のこと。福島に限らず、宮城、岩手でもこのような自治体が増えることが懸念されます。もちろん、それぞれの自治体が工夫を凝らし町の復興に力を注いでいるとは思いますが、それにも限界があります。
 震災から6年。厳しい言い方かもしれませんが、復興宣言の声を聴くにはまだまだ遠い道のりであるようです。
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