このコラムは毎月10日マックスホームで発行しているコラムの
一部を抜粋したものです。
気宇壮大
2018/03  vol.197
 三寒四温に相応しく時折春を感じることができるこの頃です。同時に花粉が飛散し始める時期でもありますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 北朝鮮をめぐる政治的な思惑が交錯する中、開催前は天候や施設整備の遅れなど運営面での危惧が伝えられマイナスの話題が多かった平昌オリンピックでしたが、そんな大会も無事閉幕し、日本勢は冬季五輪史上最多のメダルを獲得する快挙を遂げました。現地との時差が少なかったせいもあってか、応援側の立場では臨場感を体感でき満足のゆく大会だったと評価できそうです。ここでの日本勢の活躍は、これから開催されるパラリンピック、そして2年後に迫る東京オリンピックにもきっと追い風となるに違いありません。
 さて、冒頭の季節感と共に我々には忘れがたい体験があります。3月11日、あの東日本大震災です。地震発生後ほどなくして、あたり一面が灰色の空に覆われ、冷たい空気と湿った雪が舞う中何度も余震が繰り返されました。身内を亡くされた方、職場を失った方、多くの方々が絶望の淵を彷徨いました。しかし、全世界、日本全国からの暖かい支援に支えられ、日に日に春に向かう高く青く澄んだ空を見上げるたびに希望を持って歩むことができました。あの日から7年が経とうとしているのです。
 あるアンケートによれば、未だに復興を実感できないとの回答が半数を数えたそうです。地域間格差や震災の風化を懸念する声が聞かれますが、現状はどうなのでしょうか?7年前といえば、リーマンショックの傷口もまだまだ癒えない頃でもありました。ところが、震災を境に宮城県内は疲弊する日本経済の中において唯一復興バブルに沸きました。住宅不足に人材不足、ほどなくして訪れた地価高騰。そして復興特需の恩恵は、復興に携わる建設業界に留まらず、小売業や飲食業など様々な業種に波及していったのです。もちろん、不動産業も例外ではありませんでした。当時、首都である東京に今のような好況感は存在しませんでしたが、その最中に誕生した第二次安倍政権、そして東京オリンピック決定、円安・株高と、因果関係は無くとも、地方発仙台が先行して景気回復を謳歌した感があります。
 それから7年。被災地では、震災遺構を残そう、風化を防ごうという声がある反面、痛ましい記憶を消去したいとの意見とが交錯しています。人それぞれ思いは様々で、復興の恩恵を受けた方、そうでない方、何方にも同じ時間が経過しこれからも与えられていくのです。被害が甚大で復興の遅れた沿岸部でも、防潮堤が建設され高く盛土された宅地やインフラ整備も進み、辺りには当時の面影を忘れてしまったかのような風景が広がります。一転、一部の商工業の復活と重機が稼働する昼間の賑わいとは打って変わり、夜の静けさを見る限りそこには復興と呼ぶに程遠い現実があります。殺伐と変わりゆく風景と往来する工事車両の多さ。これは一体何を物語っているのでしょうか?そんな光と影。仙台市内でさえ、復興特需はすっかり影を潜めました。しかし、幸いにも後を追うように戦後最大といわれる景気拡大の余波を受けてのことか、未だ震災バブル崩壊の痛手を蒙るに至っていません。
 聞くところによれば、今年度の復興関連予算は昨対比で2割近くも減少しているそうです。これは復興事業が順調に進んでいる証とも言えます。一方で、復興が進むにつれ復興関連依存度が高かった業種は新たな岐路に立たされることになります。先のアンケート結果は、ハード面の整備は進んだが人々の生活が豊かになっていないことを如実に表したものと言えます。あれもこれもと風呂敷が広げられ期待値だけが膨らんだ今、その溝を埋めるための被災地の苦悩は続きます。
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